和メープルエコツアー IN 秩父

カエデの樹液は、芽吹きの準備が整った合図

樹液のしずくが流れ出すのは、カエデが芽吹く準備が整った合図。そして、芽吹くと同時に樹液のしずくも止まってしまうという精妙な自然の働きがある。

そんな貴重なカエデの樹液採取現場に案内してもらえる機会と知り、「2016年冬・和メープルエコツアー」に参加した。秩父の夜祭りは有名だけれど、県境が群馬・長野・山梨に隣接し、荒川の最初の一滴がはじまる山をいただく地とは、今回のツアー参加を決めてから調べてわかったこと。

池袋から特急アロー号のシートでくついでいるうちに、車窓から軍用機の離陸シーンが間近に飛び込んできて思わず興奮すると、まもなく急峻な山並みへと風景が変わる。西武秩父駅まで約80分、ほどよく旅行気分がわいてくる。

林業の再生にチャレンジするNPO法人「秩父百年の森」

西武秩父駅は、素朴な木造りの登山入り口の駅だ。グリーンのビブスを着て出迎えてくれたのは、NPO法人「秩父百年の森」の島崎武重郎さん、TAP&SAPの井原さんをはじめとする主催者の面々。貸し切りバスに乗り込んだ一行は、島崎さんの豊かな経験と学識に裏付けられたトークに引き込まれていく。

日本で確認されているカエデ28種のうち、実に21種類もがここ秩父に自生していること。川魚の生態でも秩父にしかいない種目がいるなど、温冷帯の気候を持つ秩父エリアには特異性があり、奥深い魅力を持った自然に恵まれているという。若かりし時から日本の百名山を踏破してきた島崎さんは、金沢から秩父まで日本アルプスを歩いて旅してきたこともある渓流釣りの達人。秩父への愛情と、その価値を世に広めたいという思いにあふれる島崎さんの話しはツアー参加者の心を惹きつけてやまない。

「伐らない林業」という新しい林業のあり方。

「乱伐と、その反動としてスギ、ヒノキの人工植林を進めてきた日本の林業は、木材の使い過ぎによる危機ではなく、利用されなくなったことによる弊害が山積しています」(島崎さん)。手入れが行き届かないスギ、ヒノキの林は、表土も薄く、土砂崩れを起こしやすい。人手不足と採算性の悪化で、放置され荒れていく山林が全国的に増えている。

NPO法人「秩父百年の森」では、間伐を行き届かせ、適正な価格で木材を市場に送り出す「伐る林業」と、「伐らない林業」としてメープルシロップを採取できるカエデを活用したり、キハダという抗菌力の高い植物成分を含む木から、医薬材料を摂り出すプロジェクトを推進している。「伐る林業」では、秩父の木材を自社ブランドに活かそうという意欲を持つ木造住宅メーカーとのタイアップがすでに進んでいる。

現代人に必要なエネルギーを惜しみなく与えてくれる森

森の中に足を踏み入れるだけで胸にひろがる清涼感、思わず深呼吸を繰り返したくなるような神聖な空気の流れは誰もが感じることだろう。そうそう、現代人に必要と思われるデジタルデトックスに貢献するという「ホオの木」、「樟脳の木」も教えてもらい、ますます樹々への興味がわいてくる機会となった。

今回の「和メープルエコツアー」の参加者は、のべ120名満席になったという。森に足を踏み入れる気持ちよさに加えて、メープルシロップづくりの現場を見ることができるとあって、今後ますます人気を集めそうだ。NPO法人「秩父百年の森」では、毎年四季折々に植林、渓流めぐり、紅葉狩りツアーなどさまざまな企画を実施している。

カエデ樹液のしずく

ぽたり、ぽたり。樹を傷めないように2cmほどの深さであけた穴に、塩ビパイプを差し込んだ口から、キラキラとしずくが落ちてくる。手ですくいとり、口に含むと懐かしいほのかな甘味がする。糖度は2%というが、この樹液の効用はたいしたもので、46種類ものミネラルとビタミン、ポリフェノールを含み、抗酸化力が高い。カナダのカエデ樹液にもない成分も含まれている。

古来より、長寿の妙薬と珍重され、植物ホルモンを含み、ストレスにも効く。アンチエイジングにもよいことはもちろんだ。都会に戻ったら、ぜひメ―プルウォーターを紹介したいと思った。メープルシロップは、これをさらに約1/40の量まで煮詰め濃縮して作られる。

メープルづくしのティータイム

大手家具メーカーで充実したキャリアを満喫していたにもかかわらず、島崎さんの話に感動して、故郷秩父の地域活性をやりたいとUターンしたのが、TAP&SAPの井原愛子さんだ。消費者に人気の企業に在籍していただけあって、「おいしいプラン」をこれでもかと繰り出してくれる。

紅茶を温めたメープルウォーターで淹れると、ほどよい甘さで美味しい。マシュマロを火にかざして、いい感じに溶けだしたところに、メープルシロップをつけてほおばり、地元の銘ウイスキーをメープルウォーターで割っていただく、すてきなおやつタイム。

井原さんのように、企業で調達からマーケティング、販売などの業務経験を積んだ人がいると、都会の人にも魅力的に感じられるアイデアが次々と生まれ、地域活性化に弾みがつくというものだ。

地域の連携で、秩父の魅力をアピール。

お楽しみは、まだある。山を後にしたツアー一行を待つのは、リゾートホテルでのランチ。秩父メープルの樹液を使った「百年の森メープルランチメニュー」という料理を考案、提供してくれるのは、ナチュラルファームシティ農園ホテルだ。さっぱりした甘味はメープルならではのもの。健康にもよいと思うとさらに食が進む。
NPOと生産組合、そして地元産業の人たちが呼応しあって、秩父の魅力をいっそう輝かせようとしている。

日本初のシュガーハウス誕生へ

“シュガーハウス”とは、採取した樹液を鮮度のよいうちに煮詰めてメープルシロップにする施設のことで、カナダでは農家によって、小屋のようなものから工場レベルまでさまざまにあるという。TAP&SAP代表の井原さんは、カナダのメープル農家でシロップづくりの研修をうけ、製造ノウハウを学んできた。そして、メープルシロップを煮詰めるエバポレーター(蒸発機)や、ろ過する機械などをカナダから輸入し、本格的な生産体制を2016年中に整える計画を立てた。

井原さんは用地を探し回り、ついに理想的な建物を見つけた。バブル期に建設され使われなくなっていたゴルフ場のスタートハウスだ。これを交渉の末、秩父市から貸与してもらえることになり、日本初のシュガーハウスが誕生することになったのだ。

着々と前進する秩父メープルプロジェクト

秩父シュガーハウスが出来上がると、1年を通じて、秩父産メープルを味わい、体験し、購入できる施設が整うことになる。本場カナダでは、樹液採取の最盛期である毎年3月から4月にかけて、メープルの収穫祭があちこちで行われ、メープルシロップを売る屋台や、パンケーキが食べられるテントなどが並び、お祭り気分が最高潮になるという。

秩父メープルプロジェクトがこのように前進している背景には、地元振興に意欲的な秩父市の行政、そして地道に「秩父メープル」を仕掛けてきたNPO法人「秩父百年の森」と、メープル商品の開発と販売に力を注ぐ秩父観光土産品共同組合、井原さんら若手によるTAP&SAP、農園ホテルなどの地元産業が、地域活性化という目的に向かって、強力な連携をとっていることがある。

「第3のみつ」、「キハダプロジェクト」。まだある独自の商品開発

秩父メープルプロジェクトの進展の中で、派生して生まれた商品が、NPOと県立秩父農工科学高校食品化学科、埼玉大学等との共同研究から生まれた「第3のみつ“秘蜜」だ。はちみつの国際規格では、植物の花蜜に由来する「花はちみつ」、「花蜜はちみつ」と、植物の汁液を吸う昆虫の代謝物質に由来する「甘露はちみつ」をはちみつと定義するが、自然の花蜜に加え、カエデの樹液や果実、野菜のジュースをミツバチが食べて作られたものを「第3のみつ」と呼ぶ。

埼玉でも最高の養蜂技術を持つ養蜂場に製造委託し、手間をかけて作られたみつは、ミツバチたちが集めた自然の花蜜と、リンゴ、みかんなどのジュース由来のみつがブレンドされたユニークな味で好評を呼んでいる。 「キハダプロジェクト」は、カエデが多い土地には、キハダという抗菌力に優れた成分を持つ木が多く生えていることから、これを材料として医薬品の開発を目指そうと進められている商品開発プロジェクトだ。

ひとしずくの樹液が集まり、大きなうねりとなっていく

木の使い過ぎによる危機ではなく、木を使わなくなったことによる、これまでにない危機を迎えているという日本の林業。深刻な過疎化はいたるところで問題になっているが、奥秩父には的確な知識とスピーディな実行力を備えて地元を愛し、盛り上げる策に日々熱心に取り組んでいる人たちが連携している。

「私たちの世代が若い人たちの動きをしっかりと下支えしてあげることが、この活動の大前提だと思っています」。第3のみつ研究会の坂本裕三さんが優しいまなざしでぽつりと語ってくれた一言が胸に響いた。
大企業を辞めて、秩父の和メープルシロップにかける井原さんも、そうした大きな支えを感じながら、フル回転で活動している。世代を超えても、やはり「地元」という共通キーワードでつながる関係性ほど強靭なものはないだろう。
ひとしずくの樹液が集まり、煮詰められて濃密なメープルシロップになるように、夢に向かって一人ひとりの思いがつらなり、大きなうねりが秩父の地に生まれつつある。
(文:編集部)

NPO法人 秩父百年の森

秩父を拠点に「森をつくる」、「森と街をつなぐ」、「森にまなぶ」、「森といきる」をテーマに植林からエコツアー、環境教育活動を行う。林業と山村地域活性化のため、カエデの樹液プロジェクト、第3のみつプロジェクトに取り組む。

TAP&SAP 代表 井原 愛子さん

埼玉県秩父市生まれ。2014年外資系企業を辞めて、秩父にUターン。秩父の森づくりを行うNPOやメープル関係団体の活動に参加しながら、自然とそこに関わる人々にたくさんの刺激を受け、勉強の日々。2015年に自然の恵みを生かした商品開発やエコツアーの企画などを行う〈TAP&SAP〉を立ち上げた。現在、シュガーハウスオープンを目指して、秩父の地域プロデューサーとして日々奔走している。

秩父樹液生産協同組合

大滝エリアを中心とした山林所有者を中心にカエデの樹液を林業の新たな資源として活かしていく試みをしている団体。最近では、新たな自然の恵みとしてキハダの木を活用した商品開発に着手している。