菜の花と茹で卵 by 井口和泉

菜の花の力強い生命力をいただく

先駆けて春に咲く花は、みな黄色いように思う。木蓮、ミモザ、オキザリスにたんぽぽ。名前のわかる花もわからない花も春の気配を感じる高い青い空に映えてそこここで目に留まるのは、みな花弁にお日様の色を塗ったように明るい。花粉を運ぶ昆虫たちが最も気がつきやすい色を植物が身にまとう、という話を聞いたことがあるけれど、春のはじめの花たちが黄色を選ぶ理由も納得がいく。
畑では青菜のトウがたち「菜の花」と呼ばれる花芽が伸びてくる。菜の花は強い。切り取って水に浸けているとどんどん茎が伸びる。浸けた根本の水が濁って腐ってきても上へ上へと高さを増す。粒々と詰まっていた緑の蕾がいつのまにか綻んで薄い花がいくつも咲く。ほころびる、という言葉を使ったように、強く結んで閉じていた縫い目が、内側からの春の勢いにいよいよ堪えきれなくなって綴じ目がほどけて溢れ出てくるようだ。
とどめられない命の強さを見ると、素晴らしいと思うのと同時に気持ちが落ち着かなくて、くらくらする。むんむんと匂いたつような、冷たい空気をかげろわせてしまいそうな、いきものの熱に当たってしまうのだ。

ほろ苦さと深い香りを味わう、菜の花と蕗の薹のサブジ

ほっぽらかしの畑の青菜からだけでなく、川の土手で、田舎の路傍で、菜の花は簡単に摘むことが出来る。指で茎に触れていちばん具合よくしなる柔らかい部分からぽきりと折る。それ以上では細すぎるし、そこから下では固すぎる。ほどよい加減を確かめるのは植物と会話しているような気持ちになります。
冷水にぱあっと放して、埃や土を落として引き上げる。水気が乾いたら、塩漬けにしておむすびや葉野菜と蒸し煮にしたり、茹でておひたしに。ほの苦い菜花は天ぷらにしてもいい。
近頃気に入っているのは、数種類のスパイスと塩漬けのレモンと炒め合わせるサブジ()。
クミンシード、ターメリック、クローブ、コリアンダーを挽き、オリーブオイルとにんにく、鷹の爪と共に弱火で炒めて香りを出す。それから、中火にし、食べよく切った菜の花、蕗の薹、じゃがいもを加えてざっと炒め、水少々を加えて蓋をして8分ほど蒸し煮にする。レモン汁またはあればレモンの塩漬けのざく切りを加え、塩、こしょうで味を調える。レタスを加えてもおいしい。
花蕾に味が含まれて噛むとじゅっと味が溢れる。ふところ深いほろ苦さで複雑な香りを受け止める大人の菜の花の料理です。

シンプルに半熟卵の黄身と岩塩、黒胡椒をからめて

正反対に、一番シンプルに、熱湯に放して、色がぐっと深く鮮やかな緑色に冴えたらざるにあけてそのまま冷ました菜の花(歯応えよくするために、茹ですぎてはいけない。完全に火が通る一呼吸手前でひきあげる)に、半熟の玉子を刻んで添えるいただく一皿も、この季節には欠かせない。それだけだと味がぼやけるので、黒胡椒とお気に入りの岩塩をふることも忘れずに。

とろりと玉子の黄身の明るさもまた春の色。なめらかな黄金色のソースが、黒胡椒と岩塩をくるみながら歯応えと色に深みのました菜の花に絡まる姿も、それそのものがいきものようで美しい。美しくて居心地が悪く、口に含むと、まだ冬の気配の残る空気の中にどんどん濃い緑や黄色が供されはじめて心が弾む。空気が軽くて陽射しが明るくて、伸び伸びと揺れる菜の花の姿に、風景の中の全てに命の粒がきらきら光っているように見える。菜の花の季節は、いきものの命の始まりの勢いを、最も感じられる季節なのです。

サブジ

サブジとは、インドで作られる野菜の蒸し煮、または炒め煮のことを指します。ベジタリアンの多い地域で食されることが多く、香辛料を利かせているのが特徴です。

・菜の花は冷水にさらして静かに土や埃を落とす。水から引き上げてざるに置いて水気を切る。熱湯で色よくなるまで茹で、ざるにあけて湯気を切る。食べよい長さに切る。
・たまごは常温に戻しておく。鍋に水を張り、沸騰したらたまごを入れて6分30秒茹でる。冷水にとって殻を剥く。
・①を器に盛り、刻んだ②を盛る。黒胡椒と岩塩を添えて供する。