バチェラーズ・ジャム by井口和泉

旬のくだものを、順々に足していく果実酒

旬のくだものを順々にひとつの瓶の中に漬けていく果実酒のレシピがあるらしい、と知って試し始めたのは去年の初夏のことでした。新暦も旧暦も新年を迎えて春に向かう頃、1年をかけての果実酒はいかがでしょう。

名前がBACHELOR’S JAMというのは、「独身男のジャム」とでも訳せばいいのか。ジャムと言っても煮るわけではなく強い蒸留酒と少しの砂糖とをほんとに次々と漬け込んで数ヶ月寝かせておくだけ。無精していても作れる、ということなのかしら。独身男性も皆、無精なわけでなく、“きちんとさん”もいるでしょうけど、名前からイメージされるおおらかさと分量があるような、ないようなのんきさと一年かけて季節の実りを漬けていくゆるやかさが気に入って、それでいてきっとおいしいに違いない(果物を漬けるような男性は美味しいものを知っている人に違いない)と確信して、出会う果物を少量ずつ漬けはじめました。

1年間の思い出が、日記のように容器の中から蘇る

終わってみると、春の名残の果物から冬の柑橘類まで、その年がひとつの瓶の中で静かに佇んでいる。野苺を摘みに行ったのは友達が住んでいる小さな島で、仕事で行った山道で思いがけなく見つけたゆすらうめや桑の実、大きな水害で水を吸って膨れて割れてしまって、まだ食べれるけれど売り物にならないと、一山いくらで道の駅で売られていた梨の実、同じ水害に遭って、やはり友達が丹精して育てた香りの良い桃、柿、葡萄、自分で植えて初めて実が生った無花果、福岡産を初めて見つけてうれしかった赤い林檎や隣の家のおばあちゃんが結婚した年に植えて今年で50年目の樹の柚子、誰の上にも等しく流れている月日のようで、詰まっているものは極めて個人的な思い出です。

いつ、どこで、だれと(あるいは一人で)、どんな風に出会って過ごしながらその果物を手にしたのか。12月の終わり頃にその年すべての果物を漬け終えて、二ヶ月ほど寝かせて味と香りを馴染ませる。まだ寒い時期、台所の片隅で甘い淡い色にそまったぎゅうぎゅうに果物がつまった瓶を眺めて待つのも楽しい。12ヶ月をかけて作ったものを飲むのを急くのは似合わないでしょう。春節を迎える頃に、ちょうど飲み頃になるのおめでたいお祝いを待つようで心が弾む。1年を過ごせたささやかなお祝いの飲み物のよう。いつ開けようか。誰と飲もうか。家族や友達、大切な人、このジャムに溶け込んだ果物を一緒に摘んだ人を招いて飲もうか、今年のBACHELOR’S JAMを仕込む収穫の時にボトルに詰めてピクニックに持って行くのもいいかも。

お酒としてだけでなく、果物をデザートや菓子に使うもよし

お酒には果物の香りが渾然と馥郁と溶け込んでいて、果物にはお酒の香りが染みている。お酒はナイトキャップとして楽しんだり、くだものはムースやクリームに添えてデザートにしたり焼き菓子に焼き込んだり、さまざまに舌を愉しませてくれます。丁寧なもの、おいしいものは、その豊かさで体を潤すだけでなく、私たちに会話やつながりももたらして、心も満たす。今年もまた幸せな時間を静かに瓶に詰めて、未来の喜びにつなげていきたい。

作る人、地域で、それぞれの味を楽しめばいい

まずは春から初夏のくだもの。ほのあわい赤さがかわいらしい福岡県産の甘酸っぱいとよのかとスミノフウォッカと氷砂糖ではじめて、いちごの色と香りがお酒に移った頃に、出始めの春の柑橘類を入れてみる予定です。九州は柑橘類が豊富な地域なので、柑橘類に偏っちゃうかもしれませんが、それもまた作る人、作る地域によって味の幅が広がりそうでおもしろいですね。今年はどんな仕上がりになるのか、今から、わくわくしています。

  1. ビンを煮沸して乾かす。
  2. 洗ったいちごといちごの重量の30~50%の氷砂糖を加え、ウォッカをひたひたまで注ぐ。甘さを控えて仕上げたい時は30%にしてください。
  3. いちごの盛りを過ぎたら出始めのプラムや梅を同様に漬け、秋冬の旬の果物も同じく漬ける。