NQインタビュー Vol.1
治療師 野上博

脳内出血も自らのやり方で治癒。
治療師になるのは自然の流れだった。

医者も驚いた、消えた脳内出血の痕跡。

それは野上が35歳の時だった。ゴルフ場にいた彼に、頭を殴られたような尋常ではない頭痛が起きていた。 その日で2度目のひどい痛みは「あまり痛すぎて、記憶がほとんどないんだけど」というほどのものだった。それでもプ レー仲間に気をつかい18ホールを回りきる。その後は、あまりの痛みに東京から迎えを呼び、病院に向かった。診 断は何と脳内出血。しかし、彼は入院もせず、自宅に帰ってしまう。それから野上がしたことは、部屋を暗幕で真 っ暗にして、電話機もはずして外界をすべて遮断し、ただただ静かに寝ているだけ。 「まるで動物の冬眠状態だよね。もちろん脳内出血なんて治したことなんかなかったけど、そうやらなきゃだめだ、そ れで治るという不思議な確信があったんだよ」。1ヶ月程そんな生活を続けて、再び医者に行くと「おかしい!確かに 出血していたはずなのに。治っている!!」とひどく驚かれてしまった。自分の体の望むことをしただけだと思っている野 上にとっては、そうした回復は少しも驚くようなことではなかったのだが。

不調の原因はその人の考え方にあるから、考え方を変えるのが一番いいと思う。

乞われて治療を行っているうちに、この道へ。

これまで野上はいわゆる治療師としての教育や訓練をどこかで受けたことがいっさいない。治療師を意識して目指したこともまったくなかったという。しかし、自分の手に人とは違う何らかのエネルギーがあることは子供のころから漠然と感じており、広告会社の役員を勤めているころから、知人に乞われて体の不調を治すということがよくあった。「そんなことをしているうちに32歳位からかな、なんだか相手のことが、すごくはっきり見えるようになっちゃったんだよね。 それで本当はあらゆる体の不調の原因はひもといていくと、その人の考え方にあるから、考え方を変えるのが一番いいと思うようになった。でも、本人にそのことを受け入れる気持ちがないと絶対変われない。それで、逆に俺がまず体を治すことで『受け入れられる』自分になるきっかけをつくってあげられるのもいいかなって。」自分の脳内出血を治した時期からしばらくして、特に気負うこともなく、本格的に治療を仕事にしようと、この道に入ったのは自然の流れだった。

誰にでも治ろうとする力がある、それを引き出すのが治療だ。

治療にはシャーマン的要素は無視できない

野上の治療には、いわゆる能書きがない。『第三の眼』ともいうべき知覚を使ったものだという。しかし、それは結果的に解剖学的にも理にかなったものになっている。「クライアントの体を見ると、自然にこうすべきだという治療方法が浮かんでくるんだよ。そのときはわからなくても、夜寝ているときとかに(笑)」極端にいえば、体や姿を目で見なくても、その人が部屋に入ってきたときから、どこに触れて何をすればいいかがホログラフィックに見えてくるのだという。エビデンスや理屈がなければ納得できないという人には受け入れがたいかもしれないが、実際こうした野上の治療で治った人たちが多くいる事実は消しようがない。「昔からよく効く民間療法って、世界どこでもそういう理屈を越えたところがあるじゃない。ある種のシャーマニズムというか。周りが決めることだから、俺がそうだと自分でいうわけじゃないけれど、治療師ってやはりどこかシャーマン的なところがないと駄目じゃない?」

「自分は治るんだ」と思えるように手伝うのが仕事

「目に見えなければ、治ったとはいえない」

偉そうなことをいうのが大嫌いな野上だが、治療師としての矜持がひとつある。「目に見えなければ、治ったとはいえないじゃない。」それは、たとえば消えないといわれた傷がまったく目立たなくなることであったり、治らないはずの病変がなくなったり。ある患者は、治療に来る前までは立つことさえままならず、車に寝たまま乗せられてやってきたのに、1時間の治療が終わると、すたすたと歩いて笑顔で帰っていったという。「いや別に俺がすごいとかじゃなくてさ、ほんとは誰にでも治ろうとする力が本来備わってるんだよ。ただ、それに気がついていなかったり信じてないから、俺が痛みをとったりして目に見える形でみせてあげて、『ああ、自分は治るんだ。治っていけるんだ』と思わせることを手伝ってるんだよね」

人の体にとっては、30年間も一瞬と同じこと

1%の心の持ちようが体に大きく影響する不思議。

治療すればするほど、野上は体と心の強く不思議な結びつきを感じるという。「99%完璧で素晴らしい心を持ってきちんと生活していても、ある1%の心の持ちようによって具合が悪くなっちゃってなかなか治らないことがある。その逆もあって、ほとんど99%めちゃくちゃでも1%の心のもちようがよくて健康な人もいるんだけどね。で、具合の悪い人がその1%を変えることができるのは、自分自身しかないんだよ」また、体にとって『時間』はあっという間のことだというのも、野上の持論だ。「たとえば、原因不明の首や腰の痛みを訴えて、しかも股関節脱臼になった患者さんがいたんだけど、実は30年前に事故にあっていたわけ。本人も忘れていた位だけれど、そのときに完全に取り切れていなかった体の痛みが時を越えてでてきたんだ。体にとっては30年もある意味一瞬と同じなんだよ」

「治してもらう」のではなく、「自分自身で治ろうとする」こと。

ゴッドハンドを真に引き出すのはクライアントの心。

現代医学の常識を越えて、さまざまな患者の回復や治癒をてがけてきた野上だが、「本当に信頼して体を委ねてもらわないと、治せない」という。「体は正直だから、緊張してると力を抜いてっていくら言っても抜けないから、治療する俺の手の方が危険だよ。それと、俺はずばずば何でも正直に言うんだけど、それを頭から拒絶するようだとムリだよね。何度もいうけれど、あらゆる体の不調の原因はひもといていくと、その人の考え方にあって、まず、本人にそのことを『受け入れる』 気持ちがないと絶対変われないわけだから。俺との関係で信頼関係が作れなければ難しい。まあ、俺も好き嫌いが激しいけれど(笑)」心と体は別々のものではない。否定や疑心暗鬼ではなく、かといって一方的な依存や盲信でもなく。自分の体の声を、心の声を、野上の手を通じて素直に聴いてみようと思うこと。野上に「治してもらう」のではなく、野上を信頼し彼と共に「自分自身で治ろうとする」こと。それが、ゴッドハンドと呼ばれる彼の手を本当の意味で活かす鍵なのではないだろうか。そして、その姿勢はまた私たちが今後多くのこうした治療をうけていくときにも求められるものではないだろうか。

top