NQインタビュー Vol.3
マザーズオフィス代表 宮川明子

「20歳まで生きられない」と
宣告された子ども時代

家の中はまるで図書室のようだった

体の弱い子どもだった。「膠原病で、はたちまで生きられないんじゃないかと。だから、遊びもいつでもオミソ扱いで、もちろん運動会は見学、遠足も欠席。でも本人には、まったく(笑)悲壮感なかったわね」 両親は、そんな病弱な娘の好奇心を満たすために、いつも惜しみないサポートをしてくれた。興味を持った場所にはどんなに遠くても連れていってくれ、読みたいという本は海外からでも取り寄せ、家の中はまるで図書室のようだったという。
「定期的に診ていただいたお医者さんには、生理がきたら、もしかしたら丈夫になるかもといわれていたのだけれど、本当にそのとおりだったの。中三で生理になって、それからは体育も普通にできて、高校時代は一杯一杯遊びました。そのころの友だちと、“黄金の額縁にいれたいわね”と言うくらい楽しかった」

医者を夢見るが、
児童心理学に進み、学生結婚

はじめての子は、微弱陣痛で出産に3日間かかった

子どものころから病院が身近だった宮川。自然に、将来は医者になりたいと思っていた。 「親に相談すると、身体が弱かったこともあり、『病人の世話をする医者はハードな仕事だ。元気な子供を相手にする方が良いのではないか』と言われました。それで「なるほど」と納得し大学では児童心理学を専攻したのです」 学生運動が盛んな時代だった。言語障害治療学などを学びながら、学生結婚。21歳で最初の子どもを授かる。
「本当に大変でした。微弱陣痛で3日かかって、ようやく誕生。母乳が少ししか出ない上に、うまく飲ませることができず、乳腺炎になってしまったり。子ども専門に学んできたというプライドもあり、必死な子育てでした」 5年後には第二子が誕生。 「このときは入院してすぐに生まれてしまい、大量出血で私が大変でした。でも母乳で育てなければと思っていたら、長女の同級生のおかあさんも乳飲み子がいて、おっぱいをくれたり、近所の人の助けを借りながら、なんとか乗り切りました」

みんなを元気に。
いいお産のために奔走する日々

転換期となった『おっぱいサロン』のアイデア

そして第三子の誕生が大きな転換点になる。同じ頃に出産した妹から、体のすべてのツボがあるおっぱいをマッサージすることで、“女性の体のお掃除”をしてくれる「おっぱいおばさん」を知る。第1子、第2子で苦労したことが嘘のように、食事を変え、おっぱいの掃除をしたら、子供がすくすく育つ。子供においしいおっぱいをあげることで母親も元気になることに気づいた。「1回5,000円を払う代わりに、我が家を提供し『おっぱいサロン』を作ったのです。自分が元気になると、もっと周りのみんなも元気にしたくなる。元気にさえなれば、子育てが楽になるんですから」
そして自らも鍼灸指圧師の資格をとる。経験で、お産の時の状況が母子関係に大きな影響を与えることを知り、助産院や助産師との連携を積極的にはかっていった。 「いいお産に必要なのはリラックス。頭や目は使わずに、体をゆるめなければ。そのために効果的なのが、理屈ではなく嗅覚に直接働きかけてくれるアロマテラピーだったのです。赤ちゃんがこの世に生まれ出て最初に出会う香りは、消毒薬のにおいではなく植物や花の香りの方が素敵でしょ」 宮川の取り入れたアロマテラピーは、効果を実感した助産師、産婦に広がり、やがて寺子屋的な学びの場ができていく。

周囲の声と支援に励まされ、
自ら拠点を設立

患者さんたちの協力を得て、約2億円の資金を調達

まだ日本ではアロマテラピーの情報が少なく、海外から書籍などを取り寄せて勉強していくうちに、より専門的に学ぶ場が必要だということがわかり、寺子屋は、やがて正式に「アロマテラピーの学校」になる。 「今では一般名称になっている『アロマテラピーの学校』という名前だけど、当時の日本にはアロマテラピーのスクールがほとんどなかったからなんです(笑)」 さらに「もっとお産によりそって、お産を楽にし、産後をケアする場も作っていきたい」そう思うようになったときに、現在のマザーズオフィスの建物が見つかった。東京・高田馬場から電車で6分ほどの新井薬師の住宅街にある1億8,000万円の物件。
しかし、当時の宮川には貯金もほとんどなく、手元には借金をかき集めても600万円。それでも、助産院と治療室、アロマテラピーの学校を一緒にやる場所としては、そこが最高だと思えた。 「すると、それまでの患者さんたちがぜひやるべきだとお金を貸してくださり、さらに銀行を説得して、合わせて約2億円のお金を借りて買うことができました。後は、返済のために必死で働きましたけれど」 こうして、女性の産前産後をケアし、アロマテラピーを学ぶことができる、他にはみない独自の場所を作ることができた。3年後には助産師の資格を取った妹が助産院を引き継ぎ、より深化していく。

治療の実践者として日本のアロマテラピーをリードする

理屈ではなく、とにかく体が気持ちいいのが本当

「昔から体が弱いのに、自分がつい他人のお世話してしまうタイプで、それで疲れると、好きな花や草などの香りに自然に癒されていました。ですから精油を知った時には、これだと思いました。とにかく理屈ではなく、体が気持ちいいのが大事というのが私の持論。アロマテラピーでも、とにかく実践を重ね、使った患者さんに効果の実感を教えてもらっては、また試すということを繰り返し、自分たち流のブレンドの黄金比率とでもいうものを作っていきました。理論はあとから当てはめて確認していきました」
アロマテラピーを、いいお産をするために助産院の現場で実践する宮川には、多くの産婦人科医師の関心を集め、さまざまな講演会に呼ばれた。 「“理論はフォローするから”とまでいってくださるドクターもいました。私は鍼灸師でもあるのですが、アロマテラピーと鍼灸との接点は何かと聞かれても、気持ちがよいほうが、その人にはよいだろうというレベル。要するに体の見立て方の違いなのです。これでなければ、いけないということはありません。患者さんにとって、気持ちがよいことは何なのか?それでずっとやってきました」

言葉よりもカラダに
働きかけることが重要なこと

インターネットで知識を得るが、赤ちゃんの体に触れない現代の母親

今の母親は、情報過多でかわいそうだと宮川はいう。布おむつがいいといえば、どんな布おむつがいいのかを、一生懸命インターネットで探してしまう。それなのに、赤ちゃんの体にさわれないという若い母親も増えている。 「難しく考えることはないんです。妊婦指導で、一番何が大事かというと、まず朝日を浴びること。早寝早起きが基本です。そして、起きたら、1時間歩いてください。それも一人で、自分自身のリズムと呼吸で歩くことです」
「生活リズムを整えて、できるだけ目は使わないよう、新聞も本もテレビも全部やめてもらいます。頭で考えるのではなく、からだの声を聞いて、緩めることが大事」 宮川の経験からいえば、逆子(さかご)も緊張のし過ぎでなるのだから、母親がリラックスすれば大抵の逆子は治る。 「でも口でいってもわからない。だから、そのためにアロマテラピーを使うのです。好きな香りをかげば、いい気持ちになる。それで自然に身体もリラックスできるんです」

セロトニンが鬱を防ぎ、
オキシトシンが母性を育てる

母乳の満足感が、母子の健康な脳を育てる

実践を何より重んじる宮川だが、医大教授と共同で科学的な検証も行っている。 「たとえば、セロトニン値が低いと鬱になりやすいが、朝の太陽光はセロトニン値を上げてくれる。だから、産後に鬱にならないためにも、セロトニンとメラトニンがきちんと出るようなリズムのある早寝早起きの生活が必要なんです。セロトニンはインナーマッスルとも関係があるので、骨盤の開閉にも影響を与えています」 そして、セロトニン以上に、宮川が重要視するのが、オキシトシンだ。 「オキシトシンもメンタル面に大きく影響し、恐れや不安をなくしてくれます。母乳を出すことで、オキシトシン値も高くなる」
「産後の大きな生活の変化に母親が耐えられるのも、おっぱいをあげることでオキシトシンが出るから。泣いている赤ん坊をみても、かわいいと思えるような感受性を持つ脳が、母乳を出すことで育てられるのです」 母親の食べたものによって、母乳の味と匂いは毎日変わる。これが赤ちゃんの味覚、触覚、嗅覚を刺激し、ストレスに強い子どもの脳を作るのだ。またこのオキシトシンは母親の産後の身体の回復も助ける。このようにオキシトシンはとても重要な役割を果たすのである。こうした母体のメカニズムをもっと多くの人に伝えていきたいと宮川は考えている。

一人ひとりが自分で気持ちよく、
健康になれることを願って

“あらゆるマザーの味方”の元気と好奇心は国境を越えて世界と響きあう

オキシトシンやセロトニンの重要さを伝え、母乳育児を勧める宮川だが、大事なことは過去ではなく、これから健康になるように頑張ろうと思うことだという。 「私は自然療法を教えていますが、西洋医学も否定しません。たとえば、どうしても子どもが欲しくてもできない人は、人工授精してよいと思う。手助けとなるものは何でも利用すればいい。ただ、他人任せではなく、健康な体の土台を作る努力を怠らないでほしい」 アロマテラピーは、「心と体をつなげる道具」として有効性がもっと知られてよいと宮川は語る。 「いきなり心を変えろと言われても無理。だから、香りで身体を楽にする体験をしてもらって、心も楽になってほしい」
「生徒さんたちからアロマテラピーがもっと広がって、一人ひとりが自然な自分を取り戻していけたらと思っています。誰かにしてもらうのではなく、自分でね。そして周りの人や社会に広げていくことが出来る。そのための学校、教育なんです」 これまでもこれからも、どんなことが起きても私はオキシトシンが支えてくれているから大丈夫と、明るく笑う宮川。忙しさをものともせずに、ハーブや精油を求めて南米を縦走したかと思えば、最近はオーガニック志向で、伝統医療が盛んなキューバに“ハマっている”という。“あらゆるマザーの味方” の元気と好奇心は国境も軽やかに越えて世界と響きあっているようだ。


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