NQインタビュー Vol.5
アリサン代表 ジョン・ベリス

1950年代。古きよき米国家庭の食卓で

毎週、一族が集まるサンデー・ディナーと手作りクッキーの味がアリサンの原点

アリサンのジョン・ベリス社長(以下、ベリス)は、米国北東部コネチカット州に生まれた。ベリス家は、エンジニアの父と、専業主婦の母親が温かく子どもを見守る1950年代の堅実な米国中流家庭だった。 「毎週日曜日には、祖母の家に家族と親族縁者がサンデー・ディナーに集まったものさ。いまではすたれてしまったが、当時は大きな食卓でみんな一緒に伝統的な家庭料理を食べ、一族の絆を確かめるのが慣わしだった」。ウイークデイも、父親を含む家族全員で夕食をとるのが当たり前だったという。
「それと、母がつくるクッキーのおいしかったこと。数年前彼女が亡くなったときには、葬儀に集まったみんなが、『お母さんのクッキーは本当においしかった』と懐かしんでいたよ」。手間をかけて準備し、一族が集う古きよきサンデー・ディナーのぬくもり、そしてホームメイドクッキーの忘れがたい味は、アリサンのオーガニック食品の原点になっている。

“ノー”と決めつけることのない両親

大学で動物学を専攻。ヒッピームーブメントの中、世界放浪の旅へ

高校から大学に進学すると、ベリスは動物学を専攻し3年で4年間分の単位を取得してしまう。しかし、長い間夢見ていた動物学の道をこのまま進むべきか? しだいに迷いが出てくる。家畜の飼育現場について詳しく知るにつれ、動物にも人にも不健康で、環境汚染をもたらす畜産システムに疑問をいだくようになったのだ。そして、21歳のベリス青年は、世界放浪の旅に出る。
「父も母も、子どもにノーと頭ごなしに否定することがなかった。意見が違うときは、とことん話し合おうとする。いまにしてみると、それは自分の人生に大きな影響があったと思える」。
伸びやかな家庭の気風、そして当時爆発していたヒッピームーブメントの影響もあっただろうか。アフリカ、ヨーロッパを経てインド、アジアへ。若者たちの合言葉は「自由」「平和」「愛」。世界各地での得がたい体験。“なんとかなるさ”という楽観主義。ヒッピー体験から、たくましく前に進む力を青年ジャックは培っていく。

環境、エコロジーに関心を持つのは自然なことだった

大気汚染調査にも従事。そして、満を持した2回目の旅

米国に戻ったベリスは、大気汚染調査など政府関連の仕事をしながら、ハーバード大のカレッジで勉強した。もともと野菜が大好きだったが、ベジタリアンとしての生き方がはっきりしたのもこの頃だ。オーガニックな食、環境・エネルギー、フェアトレードなどのテーマへの志向も明確になっていく。
「高校時代、母はレイチェル・カーソンの「沈黙の春」の読書会を学校で手伝っていたし、タービン機関の設計に携わる父親は、いかにエネルギー効率の高さが重要か日頃から力説していたからね。環境や省エネに関心を持つのは、ごく自然なことだった」。
ハーバードで接する情報も刺激となり、ベリスは環境問題を学びながら、社会に役立つ仕事を実際にしたいと考えるようになる。そして、29歳の時、再びベリスは世界放浪の旅に出る。向かったヨーロッパでは、第1回の“アースデイ”にも参加。今度は自分探しではない、自らの実践の場を求めての旅だ。

森に囲まれた故郷コネチカットにも似た高麗(こま)の地へ

グラノーラの個人輸入から今日のすべてがはじまった

2回目の世界放浪は、アフリカ、パキスタン北部、ネパール、インド、そして東南アジアへと巡る。長い辺境暮らしの後、バンコクにたどりついたベリスは、成長ペースを早めている日本に興味を持つ。そして、米国に戻る途中に寄った日本の田園の美しさと都会の活気が気に入り、1ヶ月後には日本に舞い戻る。
埼玉県日高市の高麗は、コネチカット州の豊かな自然、台湾で出会い妻となるフェイさんの出身地にある「阿里山」(アリサン)の風景と非常に似ており、二人はこの土地に魅せられる。
仲間たちと山小屋をつくり、拠点にする。古家具や民芸品を集めては、アメリカに輸出。そうしているうちに、ベジタリアンの朝食に欠かせないグラノーラが欲しくなる。友人と注文をまとめ個人輸入を開始。アメリカに商品を送る輸送コンテナが、帰りにはグラノーラを積んで戻ってくるサイクルがはじまる。これが通販会社「テングナチュラルフーズ」で、現在のアリサンにつながる。社名の由来は、「厳しい自然環境にそびえる美しい山“阿里山”と、その地の人々が皆助けあい暮らしている姿から、そんな場所をつくりたいという思いを込めた」とベリスは語る。

ジャックの流儀。考えすぎずに“Just Do It”

アメリカスクールでの完売。グラノーラは、在日外国人の間で評判を呼んだ

最初に、本格的な商いをしたのは、アメリカンスクールのクリスマスフェアだった。グラノーラはあっという間に完売。米国人をはじめとする在日外国人たちは、アリサンのオーガニック・グラノーラに飛びついた。ホームパーティなどでグラノーラを目にすると、「どこで手に入れたの?」と大騒ぎになる。口コミで通信販売の顧客リストは増え続けた。 次に引き寄せられてきたのが、海外生活が長く、グラノーラの味を覚えた日本人たち。そして、しだいに国内の自然食品店からの引きあいが、アリサンに集まってくるようになる。
「成功した秘訣は何?とよく聞かれる。幸運もあるけれど、とにかく“Just Do It”でやってきたこと。失敗を恐れ、考えすぎて何もしない人が多いけれど、正しいかどうか悩んでやらないよりも、カタチにとらわれないで、とにかく実行してみることが大事だよ」 オーガニックのこだわりも評判を呼び、注文は爆発。当初5年間は毎年2倍の売り上げがつづいたという。

フェアトレード、本物のオーガニックが共通の価値観

ヒッピー世代のネットワークが、信頼できる生産物のルートに

いまでは、自然食品店のあちこちで、ハーブティ、穀物コーヒー、豆、穀類、加工品など多岐にわたるアリサンの商品と出会える。また、オーガニック小麦粉を生産者との直接取引でバルク(大量)輸入し、日本中の素材にこだわるベーカリーに供給できる体制も整った。オーガニック食品という特殊性もベースにあるが、アリサンと世界各地のオーガニックな生産者との信頼関係は強力だ。
「もう15年以上、直接取引でつきあいのあるオーガニック農家もある」。
ベリスは“ヒッピー世代同士のつきあい”とも表現するが、利益至上の大量生産で質を落とすことを拒み、あくまでも誠実にクオリティの高い生産物を供給してくれるパートナーたちの存在は、かけがえのない財産だ。アリサンの仕入れ先は、米国をはじめヨーロッパ、インド、アジア諸国まで広がりを見せているが、いずれもフェアトレード、本物のオーガニックを共通の価値観としたネットワークだ。

自分と家族、従業員が
エンジョイできることが最も大事

自分が愛することを続ける。それがエネルギーのもとになる

アリサンを成功に導いた、その根底にあるエネルギーのもとはいったい何だろうか?「本当にやりたいこと、自分が愛せることを一生懸命にやることです。自分は何が一番好きか?と自分に問いかけて欲しい。それは本当に大切なことです」
お金をつくることは難しくない、しかし、家族、従業員がエンジョイして仕事をすることのほうが大事なことだと、ベリスは繰り返し強調する。
「大きなスーパーと取引したこともあったけれど、しばらくしてやめた。商品のよさを理解し、共鳴してくれるお店のほうがお互いにうまくいくんだ」
これまで大変だったことはないのだろうか?「世の中には、2種類の人間がいる。過去の悪いことをいつまでも覚えている人、そんなことは忘れてしまう人。わたしはもちろん後者」
ちなみに、ベリスの好きな日本語は「一生懸命」だ。「石の上にも3年は本当だと思う」。同じ言葉でも、ただ好きなこと、自分にとって大切で、愛することまっしぐらの喜びが周囲に伝わってくる。

アリサンが人々を惹きつけてやまない秘密

「人と人との幸福なつながり」に役立つことがアリサンの仕事

試食屋台が並び、大勢の人が集まるアリサンのフードカーニバルをはじめて訪れた時、そこに流れる余裕、ゆるい心地よさはいったい何なのだろうと思った。インタビューを終えた今、それが理解できた気がする。 「人と人の幸福なつながりに役立つことがアリサンの仕事。本物の食をみんなで集まっておいしく食べる。そうやって、幸せが広がるきっかけを提供すること自体が楽しいんだ」。 アリサンは年中さまざまなイベントで訪れる人を楽しませている。料理教室、ヨガなどのワークショップも盛んだ。
“ノーと押しつぶさない家庭”で育ったベリスは、ベジタリアン主義を他人に押しつけない。「○○じゃないとだめ」という決めつけはしない。 もし、あなたが「自分が本当に好きなことは何だったろう?」と自問したくなったら、アリサンカフェの明るい窓から木々を見ながら思いにふけることをおすすめする。そして時間が来たら、ショップで何かを買って帰るといい。ホームメイドクッキーとヒッピー精神に育まれた、温かくパワフルなエネルギーが商品を通じてあなたに届くに違いないから。


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