身体によい食べ物を探すのは楽しいことだ。ごく普通に手に入る野菜や果物なのに、ポリフェノール、リコピン等のフィトケミカル成分が、健康にさまざまな面でよいと聞けば、なおさらうれしい。
だが、きれいで立派に育っている作物の内部に、奥深く農薬が染み込んでいることを知ると、うれしさにも翳りがうっすらとかかる。
近年の農薬の主役は、ネオニコチノイド系農薬といわれる比較的新しい世代のものだ。特徴としては、農薬を散布して表面に付着させるというより、作用成分を種子の段階で染み込ませたり、土壌や水分を通して、植物組織に浸透させて害虫や病原菌を防ごうという仕組みなので、たとえば、購入後に台所でボウルに水をはって野菜を入れて洗ってもとれるわけではなく、すでに植物の組織にはネオニコチノイド系農薬が入り込んでいる。
ネオニコチノイド系農薬の害を指摘する報道は知っていたが、のんきなことに、野菜、果物好きなのにしばらく忘れていた。ふと思い出して調べると、2024年の台湾の研究者による報告が目にとまった。
台湾の研究者が調べ上げたネオニコ系農薬の子どもへの影響
この論文は、出生前(妊娠中)から子どもが4~6歳になるまでの期間で、ネオニコ系農薬への曝露と子どもの神経発達との関係を調査した研究結果だ。
「出生前および小児期のネオニコチノイド曝露と神経発達:台湾の若年層を対象とした研究」(ペイウェイ・ワン、ユファン・ファン、リー・ジュン・ファン 、メイリアン・チェン)
研究者たちは、子どもの出生前、出生後、そして小児期の新生児への曝露量を測定し、神経発達との関連性を調べた。
参加した調査対象は合計273組の母子。母親の妊娠後期の尿サンプルと、授乳開始後1〜3ヶ月後に母乳を検査した。子どもは尿検査に加えて、2〜3歳児(96人)には乳幼児向けの知能検査、4〜6歳児(63人)には、就学前・学齢期知能検査により神経発達を評価した。
その結果、全期間で台北首都圏の子どもたちの尿から最も検出されたネオニコチノイド系農薬は、クロチアニジンとチアメトキサムで、出生後はイミダクロプリドが最も多かった。母乳を介したネオニコチノイド系農薬への曝露は低かったという。
ネオニコ系農薬は「論理的思考力」に負の影響をおよぼす
この調査でとりわけ気になるのは「4〜6歳の男児におけるネオニコ系農薬への曝露は、WPPSI-IV・流動性推論指数と負の相関を示した」という箇所だ。
WPPSI-IV(ウェクスラー幼児知能検査第4版)とは2歳半〜7歳11ヶ月の幼児を対象にした知能検査で、その中でも流動性推論とは、結晶性知能(学習・経験で蓄積された知識)と区別して、新しい問題を論理的に考える力を測る。
結晶性知能(語彙など)が親の教育水準や家庭環境の影響が大きいのに対し、流動性推論は「規則性やパターンを見つける」「視覚的な類推をする」「未知の問題を筋道立てて解く」といった側面を測定し、脳の神経処理能力そのものを反映すると考えられている。
ネオニコチノイド系農薬の曝露量が多いほど、子どもの「流動的推論」のスコアが低かったという調査結果は、子育て中の親のみならず無視できないものだ。

ネオニコ系農薬の多様な「負の側面」
ネオニコ系農薬は、1980年代に有機リン系、カルバメート系殺虫剤に代わる次世代農薬として開発された。浸透移行性が非常に高く、植物の根や葉から吸収されて植物全体に殺虫効果を発揮するのが特徴。効果が長期にわたるが、洗浄によって植物から除去することはできない。
米、野菜、果物など用途は幅広く、建材や家庭用殺虫剤などにも使われている。低コストで防除効果が高いため、ネオニコ系農薬は世界中で利用が拡大した。
ネオニコ系農薬の毒性が大きな話題になったのは、まずミツバチへの影響だった。花粉媒介者として、農業に欠かせない裏方であるミツバチが大量死したり、群が崩壊するなどの被害が世界各地で相次いだのだ。
生態系への破壊的影響も明らかになっていった。日本では島根県の宍道湖で1993年のネオニコ使用開始を境にウナギとワカサギが劇的に減少し(ワカサギは200〜300トンからゼロへ、ウナギは40トン台から絶滅危惧レベルへ)、食物連鎖の崩壊がScience誌掲載論文で示された。
人への影響についても、神経毒性を指摘する研究発表が世界で相次いでおり、冒頭の台湾での調査もその一つだ。
ネオニコ系農薬の効用と「社会的費用」
農業は自然からの恵みを受け取る営みだが、それは同時に押し寄せる自然の猛威との格闘や防御の連続でもある。目的とする収穫のために栽培する作物の成長を妨げる害虫、病気、雑草、これに対応するための労力はとてつもなく重く、損失を被らないためには年間を通して油断ができない。
日本の農業では高齢化が極度に進んでおり、除草その他の労働集約的作業の負担は大きい。散布回数を減らすことができ、残存効果が高いネオニコ系農薬のメリットを実感する農業者は多いはずだ。
そうした農薬使用のメリットと、生態系の破壊、子ども、大人への長期的な健康リスクを天秤にかけた時に、収支をどう考えるべきか世界中の専門家、実践者が議論し、試行錯誤を続けている。
2024年5月には、米国シカゴで「沈黙の春2.0」会議が開催され、研究者たちはネオニコ系農薬のヒトの健康、野生生物、地下水、地表水に及ぼす悪影響について議論した。現在の安全基準が、人体を保護するレベルを上回る可能性、さらに生殖機能、神経毒性、子どもの脳の発達への影響に関する新たな証拠が、数多く発表されたという。米国の農薬の社会的費用(業界外へのツケ)は年間120億ドルという試算がある(コーネル大学・Pimentel, 2005)。
日本国内の農薬市場(殺虫剤・殺菌剤。除草剤除く)は年間約1,700億円規模という。一例として日産化学の農薬部門の営業利益率は36%(2025年3月期)で4年連続上昇。農薬業界は金を稼ぎ、農業の現場は省力化が進む。しかし、その外部費用(生態系の破壊による損失、人の健康被害による損失)は考慮すべきだろう。ネオニコ系農薬の残留性の高さは、未来の世代からの負債を現代の利得につけかえているようにも思える。


毒性評価の前提への疑問
農薬メーカーの企業サイトを見ると、農薬の利便性をアピールし、食糧生産がこれなしには危機に陥ると警告を発しているようだ。
そして、中世の医師パラケルスス(1493-1541:スイス出身の医師、化学者、錬金術師)が語った「すべての物質は有害である。有害でない物質はなく、用量に依って毒であるか薬であるかがきまる」という言葉を引き合いに出し、それが現代の毒性学の基本だという前提を持っている。
しかし、20世紀の毒性学にはなかった分析テクノロジーは、極微量の物質が生き物にとっては環境ホルモンとしてのふるまいから、内分泌系を撹乱するメカニズムを明らかにしている。
ネオニコチノイド系農薬の環境ホルモン作用としては、
- 甲状腺ホルモン系への干渉(甲状腺炎)
- 生殖・発生ホルモン系への干渉(女児の生殖機能への影響懸念)
- 昆虫の性比を撹乱(極微量でも生態系レベルの影響)
- 神経発達毒性(動物実験、疫学)
などの発表が見られる。
人については、疫学研究で母体のネオニコチノイド暴露と先天性心疾患リスク上昇の関連、小児の神経発達撹乱との関連が報告されている。台湾の研究例もその一つだ。
日本国内のネオニコ系農薬の許容一日摂取量は各国と比べても緩く、実際のリスクを過小評価している可能性が指摘されている。
省力化と健康・環境配慮の両立
農作業の負担を減らし省力化を図りつつ、環境と健康に配慮して化学農薬を減らすことを両立させようとする取り組みは、世界各地で地道に試行されている。
最もシンプルで効果があったものとして、カナダのケベック州でのトウモロコシ・大豆を対象にした試みがある。ここでは予防的にネオニコ系農薬を使用していたが状況を精査したところ、ネオニコ処理種子と無処理種子で、薬剤の効果が確認できたものは、フィールドの約5%未満に過ぎないことが判明。そもそも害虫圧力が非常に低かったのに、無駄な農薬使用をしていたわけだ。
2019年にケベック州は、農業士による「必要性の証明」がない限りネオニコ処理種子を禁止した。それにもかかわらず、作物の収量は影響を受けることなく、流水中のネオニコ検出量は減少。さらにケベック農家は無処理種子を購入できるようになり、経営コスト削減に成功した。
ケベック州の事例は、幸運な部類だ。英国・北欧での菜種栽培では、そうはいかなかった。ネオニコ系農薬を禁止し、ピレスロイド系の処理に切り替えたところ、農薬使用量が約5倍になり、さらに農薬の効果が低くなる耐用問題が生じたのだという。生産量も激減したというから悩みは尽きない。
新潟県佐渡の米農家、ネオニコ系農薬不使用の奇跡
お米に黒い斑点があると、そこだけ取り除いて捨てる。誰もが何の疑問もなく行っている行為だが、黒い斑点の原因はカメムシの食害で、米自体には何の問題もなく、食べられるのだという。
しかし米農家にとっては収入に直結する大問題だ。米の買入れ価格を決める等級制度では、着色粒(斑点米)の混入率が0.1%超で二等米、0.3%超で三等米、0.7%超で等外米に格付けされる。1000粒に1粒の斑点米が混じるだけで等級が落ちるという厳しすぎる制度が、実用以上の見た目を要求し、温暖化で増加するカメムシの影響を避けたい農家に、農薬使用の強化を誘導する状況がある。
農薬メーカーのホームページを見れば、米農家の頭の痛いところを突くキャッチ・コピーがあふれている。本当は食べても問題はなく、正当な評価で買取りされてよい米に、過剰な農薬が使用されている可能性は否定できない。
新潟県の佐渡では、絶滅から復活したトキの生態系を守るために、JA佐渡が2015年に稲作におけるネオニコチノイド系殺虫剤の販売を中止。2018年からはネオニコチノイド不使用の米のみを販売するまでに至った。佐渡のトキは2025年現在、推定で500羽を超える。2003年に国内最後のトキが死に、その後中国政府から提供してもらったトキを2008年に試験放鳥開始してから約17年。ゼロから500羽超への奇跡の回復だ。
トキ絶滅の理由も、復活の理由も「トキの繁殖を維持できる生態系の安全性」にある。農薬が一番底の「水生昆虫・プランクトン」層を壊すと、その上の全層が連鎖的に崩れる。トキは直接農薬で死ぬのではなく、餓死していた。ネオニコ系農薬が水生昆虫に特に毒性が高いということが大きな要因だった。

トキによし。健康によい。商売によし。
はじまりは、無農薬・不耕起栽培に興味を抱き、試行錯誤を重ねた7軒の農家だった。周囲が懐疑的に見る中で挑戦し続け、収穫した米が、慣行農法の通常米より高く売れることを証明してみせたのだ。
JA佐渡は2005年に減農薬栽培を決意。2006年春に新方針として発表し、島内各地での説明会を1年以上続け、2008年から「生きものを育む農法」をスタート。2012年にはJA佐渡のコシヒカリ全量が減農薬栽培となった。佐渡市は2007年に「朱鷺と暮らす郷づくり認証制度」を立ち上げた。化学農薬・化学肥料5割以上削減、冬期湛水・江・魚道・ビオトープの設置、年2回の生きもの調査、畦畔への除草剤不使用、エコファーマー認定が認証の条件だ。
そしてついに2018年、JA佐渡は米の取り扱い要件にネオニコ系農薬の不使用を加えた。「使用の廃止で環境が守られるのであればやろうではないか」というトキの保全に熱心な生産者からの声がきっかけだった。園芸作物については技術的に難しいため一部の品目のみの取り組みにとどまっているが、画期的な取り組みには間違いない。
トキを目に見えるシンボルとして、それを支える小さな生き物等というデリケートな生態系を尊重した佐渡の奇跡は、数多くのヒントを示してくれる。
